超人ザオタル(63)理由
宿に戻ると男が帳場から恐縮するような目で私を見た。
「先程は大変失礼しました」
そう言って、手を合わせてお辞儀をした。
「いやいや、どうかお気になさらぬように」
私も同じようにお辞儀をした。
「さあ、どうぞこちらへ。
部屋にご案内します」
女主人は鍵を持って、私の先に立って歩いた。
陽の当たる小綺麗な部屋に通された。
「狭くて申し訳ないのですが」
そう言って、女主人はじっと私を見つめた。
「とんでもない。私にとっては十分な部屋です」
ところで、と私は女主人に話を向けた。
「なぜ文無しの私を泊める気になってのでしょう。
もしよかったら、聞かせてもらえませんか」
このままではなんとなく気持ち悪く感じたのだ。
女主人はためらっていたが、少しして話し始めた。
「お名前はなんとおっしゃいますか」
「私はザオタルという」
私は怪訝に思いながらもそう答えた。
「草原帰りですか、ザオタルさま」
「いかにもそうだが、それが何か」
「私はアルマティの娘なんです」
私はしばし絶句してしまった。
「アルマティの娘さんなのですか」
「ええ、母が生前申しておりまして、
草原帰りの人がいたなら、手助けしてあげなさいと。
それとザオタルという名前を覚えておくように言っておりました」
「アルマティは亡くなったのですか」
「はい、もう十年も前に事故で、家の屋根から落ちて頭を打ちまして」
私が会ったアルマティはまだ若く、それに草原にいたはず。
「それは、なんと申していいやら」
様々な世界の事象が交錯している気がした。
だが、それを自分で整理つけることができない。
「なぜ私が草原帰りだと分かったのでしょうか」
気を取り直してそう聞いてみた。
「それはなんとなく分かります。
他の方々とは、その、雰囲気がちがうというか。
実は私もそれほど確信があったわけではないのです。
直感みたいなものです」
女主人はそう言って恥ずかしそうに笑った。
それにしても、私は時間というものが分からなくなった。
私はいったいどれだけの時間をかけて草原から道へと出たのだろうか。
それさえもはっきりと覚えてなかった。
数時間だったような気もするし、何十年もかかった気もする。
時間の観念というものが完全に喪失してしまっている。
ふと、私は自分の両手のひらに目をやった。
深く刻まれたしわが年齢を重ねていることを語っていた。
私は目を上げて尋ねた。
「ところで、あなたのお名前は」
「私はハルートと申します」
女主人は私を見て目を輝かせた。
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