超人ザオタル(113)新たな旅立ち
それからしばらくしたある日のこと、
私はいつものように丘の岩に腰掛けて景色を眺めていた。
「ザオタル殿」
背中からそう誰かが声をかけた。
聞き覚えのある声だが、誰かを思い出せずに振り向いた。
そこにはアジタが立っていた
「ああ、アジタ殿、お久しぶりです」
私はすぐに思い出し、微笑みながら立ち上がって一礼をした。
「私を覚えておいでですか、ザオタル殿。
ご無沙汰しております」
アジタはかしこまった声でそう言った。
「もちろんです。どうぞ、よかったらお掛けください」
私は座れる場所を空けて、そう勧めた。
「いえ、ここで結構です。
ちょっとご挨拶にと立ち寄っただけですので」
アジタはそう言って胸に手を当てた。
アジタは旅装束だった。
「どちらかへお出かけですか」
私がそう尋ねると、アジタは少し恥ずかしそうに笑った。
「ええ、実はもう一度、あの草原に行ってみようと思いまして。
草原が私を招いてくれるかどうかは分かりませんが、
そこでやり残したことを見つけなければならないと。
あの宿でザオタル殿とお話してから、
草原のことがずっと心に引っかかっておりましてね。
もう一度行って、この思いに決着をつけなければ、
このもやもやが晴れないだろうと。
それなら、考えるばかりではなく、
行ってみればいいではないかと思ったわけでして。
ますは、そこに行く前に、ザオタル殿に一言ご挨拶をと」
アジタはそう言うと軽く頭を下げた。
「そうですか。
よい旅になることを祈っています」
私はもう一度、胸に手を当てて一礼した。
「そう言っていただけると心強く思います。
ザオタル殿、ありがとうございます。
それから、あの宿での私のご無礼をお許しください。
私は何も分かっていなかったのです。
分かっていないということを知らされました。
それで焦ってあのような言葉になってしまい。
これだけはザオタル殿に伝えなければと」
アジタはそう言って、肩を落とした。
「いえいえ、私は何も気にしていませんよ。
アジタ殿にはアジタ殿の道があります。
いかなることであれ、私はそれを尊重します。
どうかそのような些末なことに気を悩ませるのは終わりにしてください。
これから先は、過酷な旅になるでしょうし、
真の自分を知ることのみに力を使ってください。
もしかすると、草原のどこかでお会いできるかもしれません。
その時にはアジタ殿と真の自分について語り合いたいものです」
私がそう言うと、アジタは顔を上げて目を輝かせた。
「ザオタル殿も草原に行かれるのですか」
「いえ、私はここから離れることはありません。
ただ、瞑想でならどこにでも行けるのです。
いや、そこに導かれるというか、そのような感じなのですが。
アジタ殿の瞑想での場所が正しければ、きっと私はそこにいます。
いずれにしても、善き旅になることを願っています」
私はあらためて右手を胸に当てて一礼をした。
「ありがとうございます。
またお会いできる日を楽しみにしております」
アジタは丁寧に一礼して振り向くと、道へと戻っていった。
私はしばらくその背中を眺めていた。
その背中にこれも私なのだと感じた。
アフラの目覚めの波は世界に響いているのだ。
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